サイレント・フォックス(現代の傭兵ドラマ)
<プロローグ>
H&K G11
「クソッ! バカスカ撃ってきやがって」
ユウは岩陰でG11S{ゲーエルブ・スペシャル}のマガジンを交換しながら、舌打ちした。
このヘッケラー&コッホ社(ドイツ)が開発した次世代突撃銃{アサルト・ライフル}の改良版は、三連発射だが多少扱い辛い。ACR計画{アドバンスド・コンバット・ライフル・プロジェクト}がなければ、こんな試作銃{プロトタイプ}持ってこなかったのに。
「だから少しは遠慮しろ!」
マガジン交換を済ませ、ユウは射撃を再開する。タイミングよく、岩陰から出てきた敵兵一人を射殺した。
ここは中東の、とある戦場である。ユウは傭兵部隊サイレント・フォックスの一員として、この地へ来ていた。戦闘に加わってからすでに、二ヶ月が経とうとしている。
サイレント・フォックスやユウの説明はここでは省くが、現在ユウは少し焦っていた。
「まずいな。仲間とはぐれちまってる」
再び岩陰に身を隠しながら、ユウは溜息をつく。暑い。口の中が砂で、ザラザラする。
戦場での単独行動は、危険極まりない。少数精鋭のサイレント・フォックスでも、二人一組のバディ・システムを基本としていた。
「あのバカ、どこ行っちまったんだ……」
ユウは岩陰から辺りを見回すが、バディ(パートナー)の狙撃手{スナイパー}は見付けられなかった。まあ狙撃手は得てして身を隠すのが上手いから、見付けられないのは無理もなかったが。
それにしても、いつもある援護射撃が無いとさすがに辛いものがある。しかも作戦上、他の仲間も今はかなり離れたところにいる。
要するにこの場は一人で何とかするしかなさそうなのだが、その割には敵の数が多すぎた。軽く二〇人は越えているだろう。しかも敵はAK(アサルト・ライフル)を主武器に充分武装し、練度も高い。
まさかハメられた{・・・・・}!? 馬鹿な。ユウは即座に打ち消す。
そんなことして、ダレが得するというのだ。それに少なくともあいつ{・・・}だけは、オレを裏切るまい。
「それにこれしきのことでどうこうされるほど、ヤワじゃ――ヤバッ」
岩陰から敵を盗み見て、ユウは慌てて別の岩陰へ滑り込む。
直後、さっきまで自分の隠れていた岩陰に手榴弾が投げ込まれ、派手に爆発した。パラパラと砕けた小石が、振ってくる。もう少し動くのが遅かったら、ひき肉{ミンチ}にされていたところだ。ヒドイことをする。
「スリリングなのはいいが――何とか逃げないとな」
軽く舌打ちし、ユウは自分の装備を確認する。弾はまだ、大丈夫だ。しかし最初四つあった手榴弾は、あと一つ。残りの武器は、銃剣{バヨネット}とナイフくらいしかない。
<リュックはとっくに破棄しちまったからな。まあいざとなれば、敵のを奪えばいいんだけど>
ユウは手の甲で額の汗を拭ってから、辺りを見回す。相変わらず岩石ばかりの、寂しい景色だ。今はにぎやかに、複数の殺意に囲まれてはいるが。
<にしても>
ユウはちらりと、左手につけたコマンド・ソルジャー(スイス、ウェンガー社製のミリタリー・ウォッチ)へ目をやる。
<もうすぐ夕刻だけど、夜の帳が下りるにはいま少しかかりそうだな>
救いなのは、ここが見晴らしのよくない所だということぐらいか。というより、これで見晴らしまでよかったら、とっくに弄り殺しにされているだろう。
ユウは威嚇射撃後、また別の岩陰へ移動する。いくら敵の攻撃が厳しいからといって、一箇所に留まっているのは危険だ。モタついていたら、距離を詰められさらに追い詰められる。
「だから来るなって!」
ユウは岩陰から身を乗り出し、距離を詰めて来ようとしていた敵兵をまた一人撃ち殺す。そこから間髪入れず別の岩陰へ、移動しようとする。その時、焼けつくような衝撃が胸を走った。
「え?」
見れば戦闘服の胸部から、血が広がってゆく。撃たれた?
「ばっ!」
馬鹿な! こんな呆気なく!? 目を丸くし、ユウは左手で胸を抑えようとする。だがそれより先に、足がもつれた。
「あ……」
ユウは、世界がまばゆい白光に包まれてゆくのを感じた。それと同時に、聞き慣れたライフルの音をかすかに聞いた気がした。